2014年12月28日日曜日

フィギュアスケート選手と筋トレ

いま、フィギュアスケート選手であった学生の卒業論文を指導しています。この学生を仮にAと呼ぶことにしましょう。

Aが最初に考えた卒業論文のテーマは、フィギュアスケートのステップに関することでした。Aは、卒業後、子供たちにステップを教える指導者になりたいという夢を持っていました。幾度となく、このテーマについて話し合ううちに、ステップを行うには技術だけではなく体力が必要であり、そのための体力トレーニングがフィギュアスケートの指導の場ではあまり行われていないことに話題が集まりようになりました。そうこうするうちに、Aの卒業論文のテーマはフィギュアスケート選手のためのトレーニング、とくに筋トレへと関心が移っていきました。

私が見聞したことから判断すると、フィギュアスケート選手たちは他のスポーツ種目の選手に比べて、ウェイトトレーニングによる筋機能の向上に時間を割くことがほとんどありません。氷上で技術練習と陸上でのストレッチが中心の練習だといえます。

フィギュアスケートは、筋力が要求されないスポーツだとういうことはありません。例えば女子のフリーの場合、演技時間およそ4分のほぼ半分は両膝を屈曲させたスクワット姿勢です。スクワット姿勢のとき、膝に加わる負担は体重の2倍から3倍になります。その負担に耐えるためには、強い脚筋力が必要です。ジャンプのときも、同じように体重の3〜4倍ほどの負担に耐える脚筋力がいります。さらに、演技中は体重のおよそ60%の重さがある上半身を前屈させたり反らせたりします。このとき、体幹部の筋肉が弱いと腰などの関節を痛めることになります。

Aと話し合った結果、フィギュアスケート選手のための筋トレのメニューを卒業論文のテーマにすることとなりました。筋トレにはさまざまな方法がありますが、まずは比較的安全性が高く効果が期待できる“アイソメトリックス”をトレーニング様式とした筋トレメニューをまとめることにしました。


フィギュアスケート選手が怪我を防ぎながら演技力を高めるには、筋トレを取り入れる必要があるのだと強く感じております。フィギュアスケート選手のための筋トレのメニューを、Aといっしょに作り上げたいと思います。

2014年12月25日木曜日

「遊び」が長続きの秘訣


山本昌投手(中日ドラゴンズ)に、現役を長期間に渡って維持するためには「遊び」を持つことが大切なのだ、ということを教えられました。

先日、山本昌投手が出演する番組の収録がありました。この番組に私も出演することになったのです。この番組の中で、山本昌投手の投法や体力などをスポーツ評論家(玉木正之氏)、スポーツ科学者(私)、統計学者(鳥越規央氏)、野球経験者(山崎武司氏)が解き明かしていく場面がありました。49歳でも現役投手として活躍できる原因、50歳の来年も勝利をあげられるのか、などを専門家たちがそれぞれの立場で説明をするのです。出演させていただいたからお世辞を言うわけではありませんが、スポーツファンでなくても聞き入ってしまう内容にあふれていました。

関心のある方は、番組をご覧ください。テレビ局と放送日時は次の通りです。

東海テレビ 12月17日(土)16時50分から
「学べる!スポーツアカデミー名古屋校」

ところで、私はこの収録中、不謹慎ですが山本昌投手が現役投手を長きにわたって続けてこられた原因を考えていました。あれこれと原因を思い浮かべていましたが、最終的には山本昌投手は熱中できる「遊び」を持っていることが原因だろうと結論づけました。

山本昌投手といえば「ラジコン」が有名です。テレビの収録では、もう1つの遊びである「クワガタの飼育」を山本昌投手は熱く語っていました。

オランダの歴史家ヨハン・ホイジンガが「ホモ・ルーデンス」で解き明かしているように、遊びは人間活動の本質です。遊びは、また、生活維持を求める生物学的活動でもあるのです。

誤っているかもしれませんが、山本昌投手が一流選手であり続けられるのは、野球を一時的に忘れられる「遊び」を持っているからだと思います。熱中できる遊びに浸っている間に、試合などで受ける精神的なストレスを解消し、肉体的疲労を回復させ、意欲を高められているのではないかと思います。

どうも、人間は頑張り続ければよいのではないようです。ときどき「遊び」の時間をおくことが必要なのでしょう。「大いに働き、大いに遊ぶ」ことが、長続きに秘訣だと言えます。

レジェンド投手である山本昌投手にスポーツ科学を教えるのが私の役回りでしたが、逆に山本昌投手に教えられました。感謝いたします。

2014年12月24日水曜日

スポーツのコーチの2つの役割

コーチ=開発者

競技スポーツの世界では、体力や技術などを選手に指導する「コーチ」という存在があります。

コーチの肝心な役割は「選手の才能を引き出してのばすこと」だと、私は考えています。選手の体力や技術に関わる才能を見つけ、その才能を引き出して伸ばすのに最適なトレーニング方法や練習方法を考え出し、それらの方法にしたがって指導することが、コーチのもっとも重要な役割だということです。

選手の才能を無視して、指導者の一方的な押しつけで指導する者はコーチではないと思います。くどいようですが、選手の才能を引き出してのばすように指導する者がコーチなのだと考えています。

「才能を引き出してのばす」ことを「開発」といいます。すなわちコーチとは「開発者」だということです。開発者というと、たいていは機械などを対象にしています。しかし、私は人を対象とした場合にも開発者という言葉は当てはまると思っています。

「開発」には、「新しいものを考え出し、実用化すること」(『角川必携国語辞典』、2013年、p.206)という意味もあります。これも、コーチに当てはまる定義です。

コーチは過去の方法でよい結果が得られないときには、新しい方法を考え出し、選手の競技力を向上させるように実用化することが要求されます。

このように、スポーツのコーチには2つの役割があるというのが私の考えです。
<役割1>選手の才能を引き出しのばすこと。

<役割2>新しい指導法を考え出し、実用化すること。

2014年12月19日金曜日

力を抜くコツ

2014年12月18日のブログで紹介した『隠居大学 よく遊びよく遊べ』(天野祐吉編、朝日新聞出版、2011年)に、「力を抜く」秘訣が紹介されています。

スポーツ選手は、ここ一番というとき、体に力が入りすぎて能力を全開できないことがあります。「力を抜け」は、指導者が選手に言う常套句の1つです。ところが、言われた選手はなかなか力を抜くことができません。この本で、赤瀬川原平氏は力を抜く秘訣を紹介しています。

「バッターボックスでも飯のことや彼女のことをふと考える。そうやって興味をよそに持っていく間に自然体になれる、力が抜ける。(中略)まあ、もとの力がないとダメなんですけれどね。もともとアスリートというのは鍛えあげた上で、力を抜いて、やっと良い力が出るわけだから。」(p.73


私は、この赤瀬川理論に同感です。「他ごと」をふっと思い巡らすことが、力を抜く秘訣だと思います。

しかし、試合の場でコーチがバッターボックスの選手に向かって「彼女をことを考えろ」とは言いにくでしょうね。コーチは相変わらず「力を抜け」という。選手はコーチの「力を抜け」という言葉は耳から耳へ素通り。選手の頭の中では「他ごと」が浮かんでいる。これなら、できるかもしれません。

生真面目に「試合中に他ごとを考えるのはもってのほか」と思わず、力が入るときは「他ごと」を考えるいい加減さも必要ということでしょう。

2014年12月18日木曜日

身体と精神の一致

スポーツの成績は、身体能力と精神力に強く影響されます。これらの関係を式で表すと次のようになります。

   スポーツの成績=身体能力×精神力

この関係式から4つの組み合わせができます。
   身体能力と精神力の両方とも強い
   身体能力は強いが精神力は弱い
   身体能力は弱いが精神力は強い
   身体能力と精神力とも弱い

4つの組み合わせの中で、スポーツの成績が最高になるのは①の組み合わせです。逆に、スポーツの成績が最低になるのは④の組み合わせです。②と③の組み合わせは、補完作用が起こり①と④の間の成績となります。

スポーツ選手がもっとも望むのは①の組み合わせであり、もっとも敬遠するのは④の組み合わせです。ところが、多くのスポーツ選手は②と③の組み合わせのようです。すなわち、身体能力と精神力が乖離している選手が多いようです。

身体能力と精神力が乖離していることを知っている選手は、肉体を強化するトレーニングや精神面を強化するトレーニングに励み、身体能力と精神力の一致を目ざします。このように、スポーツ選手の場合、身体と精神を一致させるときトレーニングという手法を取り入れます。

一般の人たちにも、身体と精神の乖離は起きます。その一つの原因は老化です。老化の過程の中で、身体と精神は乖離し、戸惑いが起こります。身体と精神の乖離は健康障害の原因となることもあります。高齢になっても健康を保つには、
身体と精神を一致させる必要性に気づき、それを実践することが必要となります。このあたりのことを表した一文があります。

天野祐吉編『隠居大学 よく遊びよく遊べ』(朝日新聞出版、2011年)に横尾忠則氏が「身体と精神の一致」について、次のようなことを述べています。

「ぼくはですね、六十代までは、身体と精神が乖離していたんですよ。肉体年齢はたしかに六十代なのに、精神年齢は四十代か、せいぜい五十代。まだ若者だという意識が強かったんですね。ところが、六十代後半になると、身体のあちこちにガタが出てきた。そのあたりから、肉体年齢と精神年齢を一致させないとさすがにまずい、七十代を乗り切れないのではないかと思うようになりました。」(p.13-14

横尾氏は、自分主導の生き方を選択したのです。依頼仕事はしない。すべての時間を自分でコントロールする。こういう生き方を実践することで、身体と精神の一致を実現しているというのです。自分主導の生き方を「隠居」だといいます。


スポーツ選手があらゆることを自分主導で、ということを実行するのは難しいでしょう。でも、ほんの一部だけでも自分主導にすれば身体と精神の一致がもたらされ、成績の向上が実現できるのではないでしょうか。私にはそう思えます。