2015年1月13日火曜日

『明日の記憶』 (荻原浩・著)

見舞いのために訪れたA医科大学病院内にはコンビニが設置されていました。そのコンビニの一角に、単行本のコーナーがありました。予想通り、棚に置かれている単行本の6割は病気に関係したものでした。多くはタイトルに病名がつけられており、入院患者向きに本が選ばれていることがわかりました。

その中で『明日の記憶』をいうタイトルに目が留まりました。作者は荻原浩とありました。(荻原浩 『明日の記憶』 光文社文庫)私の知らない著者でした。裏表紙の説明文に「広告代理店営業部長の佐伯は、齢五十にして若年性アルツハイマーと診断された。・・・・」とありました。私は、現時点ではアルツハイマーではないと思いますが、何か気になる本だと感じたのでした。購入し、昨日から読み続けています。

私は、これまで、小説を読むときマーカーで印をつけるという習慣はありませんでした。ところが、この本はマーカーで印をつけながら読むことにしました。私が印をつけるのは、若年性アルツハイマーの症状や行動の特徴などを述べている箇所です。

まだ38ページしか読んでいませんが、印をつけた文章のいくつかを記すことにします。

・「代名詞ばかりで、固有名詞が出てこない。」 (7ページ)
・「最近、知っているはずの言葉がとっさに出なくなることがふえた。」(8ページ)
・「新しい名前が覚えられないかわりに、昔、覚えた名前はなぜか忘れない。」(13ページ)
・「まただよ。頭ではわかっているはずなのに、言葉が出てこない。」(13ページ)
・「多少、口うるさくても妻はありがたい。「あれ」や「あそこ」だけで会話が通じる。」(16ページ)
・「慣れすぎて無意識に手が動くせいだろうか。鍵をかけたかどうか、ときどき家を出てから不安になることがある。」(20ページ)
・「いかん。相手の名前を忘れてしまった。」(24ページ)
・「職場の人間の名前まで忘れちまうなんて。どうなってるんだ。」(26ページ)
・「この頃は、本を読むのも面倒になった。読みさしの本のストーリーを思い出すために前へ戻り、ようやく読み進めた場所までくると、今度は根気が続かなくなって放り出す。その繰り返しだ。(34ページ)
・「実際は私がいなくても会社は困らない。休んで困るのは私のほうだ。」(37ページ)
・「歳をとり、未来が少なくなることは悪いことばかりじゃない。そのぶん、思い出が増える。それに気づくと、ほんの少し心が軽くなった。」(38ページ)


これからも、どのページでも印をつける箇所にいっぱい出会いそうな本です。

2015年1月11日日曜日

博識を学ぶ教科書『家庭の科学』

私は、大学で1年生を対象にした「スポーツ科学入門」という授業を担当しています。1年生が2年生以降に学ぶさまざまな専門科目を理解できるようになるための基礎知識を授けるのが、この授業のねらいです。専門科目の分野は複数にわたるために、授業で扱う内容も多岐にわたります。解剖学、生理学、医学、力学、数学、社会学、歴史学、心理学・・・・などなど。

当然、私自身も幅広く知識を集め、理解し、授業用の資料をつくらなければなりません。これは、大学教員に求められている専門性からかけ離れたことです。博識よりも専門知識の深さに価値がおかれているのが大学です。でも、私は定年間近の年齢になっていることに甘えて、多少浅くても幅広い分野で扱われている大事なことを理解し、それを統合し、これまで見落とされてきたことを発見していくことに熱情をささげています。
そんな折り、たいへん参考になる本に出会いました。
ピーター・J・ベントリー著 三枝小夜子訳 『家庭の科学』(新潮文庫)です。

読者である「私」が朝起きてから就寝前にお風呂にはいるまでの一日の中で経験するさまざまな出来事(失敗)をとりあげ、その出来事の背景に潜んでいる科学的理由を解き明かしていく本です。

午前7時の「目覚まし時計が鳴ったために寝過ごす」から始まり午後10時の「浴槽の水をあふれさせる」まで合計38個の失敗を取り上げ、その失敗の科学的原因を説明しています。同時に、失敗から脱出する方法のヒントも教えてくれます。

幅広く学ぶためのよきテキストを手に取ることができました。

2015年1月2日金曜日

見つめてくれる人

見つめていてほしい 150102

2015/01/02 11:12
フィギュアスケートの練習に来る子どもたちには、たいてい母親が付き添ってきます。自宅と練習場の送り迎えのためです。練習場まで子どもを送ってきた母親たちは、送った後に帰ることはありません。子どもの練習が終わるまで、練習場で待っています。

こういった風景を見た当初は、親も大変だな、と感じるだけでした。ところが、子どもの練習が終わるまでじっと待っている母親の多くが、練習する我が子をじっと見つめていることに気づいてから考えが変わりました。子どもは母親から見つめられていることが大事なんだ、と。

<ある日私はAMラジオを聞いていた。こんな唄が流れていた。「ああ、戸口に立っているお母さんにすごく会いたい」 そうよ!と私は言った。私にはその唄が理解できる。私もよくそう思ったものだ。戸口に立っているお母さんに会いたいと。実際にしばしば、私の母はいろんな種類の戸口に立って私のことを見ていた。>(「超短編小説70」 文春文庫 2009年 p.27)

子どもだけではない、大人だって、愛する人、信頼できる人、頼りになる人から見つめられていたい。見つめられる人がいる人は幸せなんだ、ということでしょう。そこには口から発せられる言葉は必要ありません。じっと見つけてくれている人が存在しているだけでいいのです。その存在は実在でなくてもよいはずです。その人の心の中にある見つめてくれる人の存在だってよいのです。

2015年1月1日木曜日

今年は”メタアナリシス”

筋トレをすれば筋力を強化できる、ストレッチングは柔軟性を高める、ウォーキングやジョギングで脂肪を減らすことができる、といった、これまで当然のように思われていたことを再検討したい、というのが今年の目標です。

そのために、今年は学ぶための礎に「メタアナリシス」を置こうと考えています。

メタアナリシスとは、「同じテーマの複数の論文を統合し、解析する研究方法」(野口善令 『はじめてのメタアナリシス』 NPO法人健康医療評価研究機構 2009年 p.10)のことです。

スポーツ科学にメタアナリシスを導入すれば、根拠に基づいた運動方法を明らかにできると考えています。運動方法は、経験則からでも導き出すことができます。しかし、経験則だけでは“思い込み”が入りやすく、必ずしも適切な方法を引き出すことはできないと思います。運動は、安全かつ効果的であることが鉄則です。効果が出るとしても、その方法が安全でなければ、運動としては不適切です。安全性が高くても効果が出なければ、その方法はやはり不適切です。

安全かつ効果的な運動方法を明らかにするための1つの方法は、メタアナリシスに基づいた研究だといえます。たとえば、こんな研究が報告されています。

ウォームアップがパフォーマンスに効果があるか、を調べた研究です。
   関連したキーワードを決め、複数の関係雑誌を検索して論文を抽出する。
   抄録と表題から、関係がないと判断される論文を除外する。
   残された論文から、動物を対象としたものを除外する。
   ③で残った論文からパフォーマンスを取り上げていない論文を除外する。
   ④で残った論文からストレッチングだけを調査した論文を除外する。
   残った論文についてメタアナリシスを行う。

こういった手順を経て、ウォームアップはパフォーマンスの向上を導き出すという結論を得ている。
Andrea J. Fradkin, Tsharni R. Zazryn, James M. Smoligaらの”Effects of Warming-up on Physical Performance : A Systematic Review With Meta-analysis” (Journal of Strength and Conditioning Rsearch : 24(1) 140-148, 2010)


筋トレは筋力を強化する、ウォーキングやジョギングは脂肪を燃焼させる、ストレッチングは柔軟性を高める、といった、これまで当然と思われている運動効果をレビューとメタアナリシスを通して再検討し、さらにより適切な運動方法を確立することができたらと考えているのです。